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神戸地方裁判所 昭和33年(わ)986号 判決

被告人 小山輝夫

昭一四・一・三生 自動車修理工

主文

被告人を判示第一の(一)乃至(七)の各窃盗の事実につき懲役一年に、判示第一の(八)乃至(十)の各窃盗並びに判示第二の強盗殺人の事実につき死刑に処する。

押収してある士官用短剣刀身一口(証第七号)及び士官用短剣鞘一本(証第八号)はいずれもこれを没収する。

押収してあるピツケ合ズボン(バンド付)一着(証第一号)、皮製鍵入一個(証第六号)、自動車運転免許証(薩摩谷輝雄名義)一通(証第一九号)及びモリス一四型中三針腕時計一個(証第二〇号)はいずれもこれを被害者亡薩摩谷輝雄の相続人に還付する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は製靴工業所に勤務する父小山峯蔵母チヱ子の三男として出生したものであるが、兄妹等と共に両親の許で養育せられ、昭和二九年三月神戸市立魚崎中学校卒業後、直ちに神戸市東灘区御影町浜東菊正宗醸造元株式会社本嘉納商店に就職したが、やがて酒色に耽るようになり小遣銭に窮し、ついに昭和三二年一〇月末頃同僚の氏名を不正使用してクーポン券による買物をしたことが発覚したため同社を退職し、同年一二月頃、父の知人の紹介で薩摩谷輝雄の経営する西宮市今津久寿川町二三番地共和自動車工作所に自動車修理見習工として給料月六、〇〇〇円で雇われたところ、翌昭和三三年二月一一日同工作所工場が火災により焼失し、右輝雄が一時同市鴨尾町角間二二番地の一鳴已組ガレージ内に工場を移転したので同ガレージ内において働いていたこともあつたが、同年三月中旬頃、右輝雄が同市今津社前町五一番地において協和自動車工作所を創立するや引続き同人に雇われ同工作所に勤務していた。その間、被告人は神戸市東灘区魚崎町の居宅から通勤し給料のうち約三、〇〇〇円を小遣として手許におき、残金は一応母に渡していたが、浪費癖がますます甚しくなり母から小遣銭の不足額をせびり取ることが瀕繁に過ぎると叱責されるので、雇主や友人等から借金したり、入質したりしてだらしない生活を続け、徒らに負債が嵩むばかりであつた。このようにして被告人は質物を入手し、又は入質に際し係員に提示して身分証明の資料に供するため、

第一、(一) 昭和三二年四月一一日頃、前示本嘉納商店醸造場ボイラー室内において坂本勝一所有にかかる男物腕時計一個(価格一〇〇〇円相当)を窃取し

(二) 同年同月二八日頃、同会社更衣室内において宮津悟所有にかかる男物腕時計一個(価格四、〇〇〇円相当)を窃取し

(三) 同年七月二一日頃、同市同区魚崎町横屋二二番地の一神戸市立魚崎小学校プール脱衣場内において中島賢明所有にかかる男物腕時計一個(価格一、五〇〇円相当)を窃取し

(四) 同年八月一一日頃、同脱衣場内において藤本光明所有にかかる男物腕時計一個(価格五、〇〇〇円相当)を窃取し

(五) 昭和三三年一月初旬頃、西宮市久寿川町二三番地共和自動車工作所内において松村司所有にかかる同人名義の普通自動車運転免許証一通を窃取し

(六) 同年二月初旬頃、前同所において安立孝所有にかかる同人名義の普通自動車運転免許証一通を窃取し

(七) 同年同月二六日頃、同市鳴尾町角間二二番地の一鳴已組ガレージ内において津高利弘所有にかかる男物腕時計一個(価格三、〇〇〇円相当)を窃取し

(八) 同年四月一一日頃、前示協和自動車工作所事務所内において薩摩谷輝雄所有にかかる男物腕時計一個(価格五、〇〇〇円相当)を窃取し

(九) 同年六月二一日頃、同市今津水波町八四番地望月武夫方において同人所有にかかる男物腕時計一個(価格二、〇〇〇円相当)を窃取し

(一〇) 同年七月一一日頃、神戸市東灘区魚崎町魚崎五四番地西田茂方において同人所有にかかる男物腕時計一個(価格五、〇〇〇円相当)を窃取し

第二、前記の如く自己の遊興飲食費を借金や入質等によりやりくりして来たところ、昭和三三年七月末頃には借金が嵩み翌八月五日支給予定の七月分給料も前借金飲食費等を差引かれると三、〇〇〇円位しかなく、更に八月に支払を要する自己の生命保険料や質受に要する金員を差引くときは残余は殆んど皆無に近い状況となつていたため、雇主たる薩摩谷輝雄(当時三九年)の妻よし子(当時三六年)を脅して金品を強奪しようと企て同年八月二日頃からその機会を窺ううち同月五日は集金日であり、集金日の翌日は右輝雄はしばしば夜遅く帰宅することを想起し、かねての計画を実行すべく同月六日午後九時頃、前記西宮市今津社前町五一番地協和自動車工作所附近に赴きその附近においてしばらく時間待ちしたのち同月七日午前零時頃、右工作所内に赴き、同工作所更衣室にかねて隠し用意していた海軍士官用短剣一口(証第七、八号)を携えて右工作所西側にある薩摩谷夫妻の居間に至つたところ、外出中と思つていた前記輝雄が在宅していることを知つたが、今更犯行を中止することもできないと考え、ここに薩摩谷夫妻を殺害して金品を強取しようと決意し、同室で様子を窺ううち右輝雄が布団をはね上げ起き上つたのでその背後から所携の海軍士官用短剣をもつて背中央部を突き刺し、ついで横に寝ていた前記よし子が起きかけたところをその胸部をめがけて突き刺し、その後起き上つて来た右輝雄の頭部胸部等を一〇数回突き刺したり斬り付けたりし、更に屋外へ逃げ出した右よし子を同工作所表門附近まで追いつめ同女の胸部腹部を五、六回突き刺し、その直後物音に目覚めて別室より飛出してきた右輝雄の母しな(当時六四年)を認めるや同女をも殺害しようと決意し即時表門附近で右同様同女の胸部腹部等を約五回突き刺し、よつて前記三名をして右刺傷等に基く失血のためその場で死亡するに至らしめた後、前記薩摩谷夫妻の居間を物色し、右輝雄所有に係る現金約一六、六五〇円、ピツケ合ズボン(バンド付)一着(証第一号)、皮製鍵入一個(証第六号)、同人名義の自動車運転免許証一通(証第一九号)、モリス一四型中三針腕時計一個(証第二〇号)(以上価格合計二九、六五〇円位を強奪し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(確定裁判)

被告人は、昭和三三年三月三日神戸簡易裁判所において、道路交通取締法違反罪により罰金一、五〇〇円に処せられ右裁判は同年同月一八日確定したもので、この事実は検察事務官作成の被告人に対する前科調書及び第七回公判調書中被告人の供述記載によつて明らかである。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人の本件強盗殺人の犯行は無我夢中で行つたものであり心神喪失中もしくは心神耗弱中の行為である旨主張するので案ずるに、鑑定人長山泰政の鑑定書によれば被告人は中等度の精神病質人(異常性格者)であることが認められるけれども、右犯行当時是非善悪の弁識及び弁識に従つて行為する能力を全く欠いていたことを首肯することはできないのみならず、被告人が不在中と思つていた薩摩谷輝雄が帰宅していたことを知り且つ同人が気配を察して目醒めた様子に被告人は周章狼狽し、感情興奮の余り弁識能力が鈍化したのはむしろ当然であつて法律上心神耗弱の状態にあつたものとも認め難いから弁護人の主張は採用の限りでない。

(法令の適用)

被告人の判示所為中第一の各窃盗の所為は刑法第二三五条に、第二の各強盗殺人の所為は同法第二四〇条後段に該当するところ、判示第一の(一)乃至(七)の各罪と前示確定裁判を受けた罪とは同法第四五条後段と併合罪の関係にあるから、同法第五〇条により未だ裁判を経ない判示第一の(一)乃至(七)の各罪につき処断することとなるが、右各罪は同法第四五条前段の併合罪であるので、同法第四七条本文第一〇条に従い犯情最も重いと認める第一の(四)の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、被告人を判示第一の(一)乃至(七)の罪につき懲役一年に処し、判示第一の(八)乃至(十)及び第二の罪は同法第四五条前段の併合罪であるが、薩摩谷輝雄に対する強盗殺人罪の刑につき後記犯情を考慮して所定刑中死刑を選択するので同法第四六条第一項に則り他の刑を科せず被告人を死刑に処する。

押収にかかる士官用短剣刀身一口(証第七号)及び士官用短剣鞘一本(証第八号)は被告人が判示第二の犯行に供したもので、且被告人以外の者に属しないから同法第一九条第一項第二号第二項本文、第四六条第一項但書に従いこれを没収することとし、押収にかかるピツケ合ズボン(バンド付)一着(証第一号)、皮製鍵入一個(証第六号)、自動車運転免許証(薩摩谷輝雄名義)一通(証第一九号)及びモリス一四型中三針腕時計一個(証第二〇号)は、被害者亡薩摩谷輝雄の所有に属していたものであつて、本件強盗殺人罪の賍物として被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法第三四七条第一項により被害者亡薩摩谷輝雄の相続人に還付すべきものとする。なお訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して被告人に全部負担させることとする。

(犯情について)

一、被告人の実父峯蔵は小山家に養子に迎えられた者で小心翼々として居り無口で被告人等子女の監護教育についても殆んど放任的であつたのに反し、実母チエ子は後妻として峯蔵に嫁したが、製靴工業所を経営する実弟に峯蔵が雇われている状況下ではチエ子が家政の実権を握り、しかも同女はただ口やかましいだけで、その無知と無理解とは到底被告人を正しく導く能力に欠けていた。されば被告人が学窓を出て就職し、社会人となつた後も、酒色の味を覚えた被告人に対し金使いが荒いと叱るだけで、不良化の防止に何等意をもちいるところがなかつた。被告人が実父や同居中の姪の所持品を秘かに持ち出して入質し小遣銭の不足を補つていたことに全く気付かなかつたという一事を以つてもその迂闊さが窺われる。かかる家庭環境が被告人の性格を悪化させる温床となつたことは否めないところである。

二、被告人の選んだ職場も被告人の不良化に拍車をかけたものと言わなければならない。酒造会社に勤務する先輩達は被告人に飲酒癖を教え、女郎買の味を覚えさせた。自動車修理工場へ転じてからも、被告人の日々接触する者は同僚たると顧客たるとを問わず、その多くは野卑と粗暴の輩であつた。

三、被告人の二人の兄はいずれも高等学校を卒業して居り、学業成績も相当良好であつたが、被告人の父の収入等よりすれば、被告人さえ希望すれば高等学校以上に進学し得たに拘らず、敢えて中学校を卒業しただけで学業を放棄した。知育と徳育とのアンバランスは甚だしく被告人の精神的発育を阻害するに到つたが、このことは被告人にのみその責を帰せしめることはできないであろう。

四、本件犯行の動機原因は、前示のとおり、被告人が酒色に耽つた結果遊興費に窮し、一擢千金を企てたことにある。そして当初は雇主の不在に乗じその妻を短剣で脅迫してその保管する金員を強奪しようとした。前示のような家庭事情があるにせよ、両親に窮情を卒直に打ち開けて相談すれば、強盗等の所為に及ばずに済んだと思われるのであつて、この点において先ず被告人の浅慮をとがめなければならない。

五、被害者薩摩谷輝雄は火災に遭つた自動車修理工場を再興すべく懸命の努力を傾けていた。彼は老母や妻子やその他多数の家族を扶養しなければならない責務があり、工場の従業員の面倒も見てやらねばならないし、多額の負債も返済しなければならないのである。彼を失えば忽ち多数の者が路頭に迷わなければならないのであつて、この間の消息を被告人が知らない筈はない。しかるに被告人は計画にくいちがいを生じ周章狼狽したとはいえ、先ず彼に殺意を以つて襲いかかつているのである。

六、本件強盗は偶発的な犯行ではなく、被告人は数日前から機会を窺つていた。しかも被害者輝雄及びよし子はむしろ被告人を可愛がつて居り、被告人から怨みを懐かれるいわれは毫末も存しない。

七、被告人は短剣を以つて三名もの貴重な生命を奪つて居る。如何に興奮していたにせよ。数回乃至一〇数回にわたつて斬り又は突き刺し、殊に輝雄に対しては止めを刺しているのであつて、その惨忍さには鬼神も避けるものがある。

八、犯行後の逃走経路から逮捕せられるまでの顛末も被告人の性格を表現して剰すところなく、憫諒すべきものを発見し難い。もつとも最近に到つて改悟謹慎の色を生じたことが認められるけれどもすでに時機を失した感がある。

九、以上諸般の情状を彼此考慮すれば、被告人に対し極刑を以つて臨むのはまことにやむを得ないものといわなければならない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石丸弘衛 重富純和 小河基夫)

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